●日本映画業界の近年の動向
山名尚志
2006 年は、日本映画にとって、邦画の興行収入が 21 年ぶりにハリウッドのメジャー映画を中心とする洋画の興行収入を上回ったという記念すべき年になった。個々の作品でみても、「ゲド戦記」(興行収入 76.5 億円)、「 LIMIT OF LOVE 海猿」( 71.0 億円)、「 THE 有頂天ホテル」( 60.8 億円)、「日本沈没」 (53.4 億円 ) 、「デスノート the Last name 」( 52.0 億円)、「男たちの大和/ YAMATO 」( 50.9 億円)と興行収入 50 億円を超える作品が6本を越え、ハリウッド映画の5本を押さえる結果となった。
1960 年代まで日本の映画市場の中心は邦画であり、邦画シェアは 60% 以上、映画の動員数が史上最高であった 1958 年には 76.1% 、映画館数がピークを迎えた 1960 年には最大シェアの 78.3% を記録している。しかし、その後、邦画の国内興行市場におけるシェアは次第に低下。 1970 年代後半からは5割を切ることも珍しくなくなり、 85 年の 50.9% を最後に、その後の 21 年間は洋画が市場の過半を占める状態が恒常化していた(最も邦画シェアが低かったのは、 2002 年の 27.1 %)。
この邦画シェア低下の最大の理由は、「テレビ時代に対応した映画製作」に邦画業界が対応できなかったことにある。テレビで無料映像がふんだんに見られるようになった時代、映画は、あえて有料であることの意義を観客に納得させる必要に迫られていた。そのための最も端的な手法が「大作化」である。テレビではかけられない製作費をかけ、テレビには登場しないスターを確保し、テレビではできない大型ロケや特撮を敢行し、それによって有料であることの意義を見せつける。
ハリウッド映画の世界的な成功は、この大作化をいち早くビジネスとして確立したことにあった。これに対し、邦画業界は、テレビ普及による映画市場全体の縮小への対応として製作のリストラによる経営基盤の安定化を優先させたため、大作化に遅れをとり、結果としてハリウッド映画のシェア拡大を許すこととなった。
もちろん邦画業界が大作化に挑まなかったわけではない。 80 年代を中心に、異業種(出版社である角川書店や徳間書店、テレビ局など)からの参入を梃に、多くの大作映画が製作された。しかし、ハリウッドと異なり世界配給能力を持たなかった邦画業界は、ハリウッド映画に近い大規模な製作費を国内市場のみで回収する算段を取らざるを得ず、それがビジネス慣習にゆがみをもたらした。具体的にいえば、テレビ局による自社製作映画への洪水のような宣伝であり、また、「前売り券」をスポンサー筋に大量に引き取ってもらい、一見、「収支がとれたように」損益を繕う手法である。
上記のビジネス慣習は、消費者側に、邦画の大宣伝に対する不感症、さらには「大作の邦画については、わざわざ映画館でチケットを買わなくとも、前売り券が、安く、もしくは、タダで手に入る」という偏見を植え付け、邦画のブランド力の低下に逆に拍車をかけることになった。この結果、 20 年以上に亘って、邦画市場は、アニメ映画を除き、沈滞を続けることとなったのである。
しかし、邦画が商業的に衰退を始めた 70 年代以降は、従来の商業映画の枠外でインディペンデントな映画制作が活発化していった時代でもあった。こうした多彩な活動は、商業的な成功には必ずしも恵まれなかったとしても、多くの人材を生み出し、新しい日本映画の流れを生み出していった。
この流れの商業映画における成果の1つが、 90 年代後半からのホラー映画ブームである。ブームの代表作の1つである「呪怨」は、ビデオ作品から映画化され、さらにはハリウッドでリメイクされて世界的なヒットとなるまでに至っている。 2006 年、邦画のシェアが5割を再び超えた背景には、上記のような新しい世代の人材による「邦画の再生」と、それによって消費者側がかつての邦画に対する「不信感」を払拭していったことがある。
しかし、これで邦画が一本調子で復活に向かうと考えるのは早計である。いまにいたるも日本の映画産業は、国内市場頼みであり、ハリウッド映画のような世界配給による大規模回収というビジネスモデル、つまり「大作」を商業的に成り立たせるための基盤を確立しえていない(アニメ作品を除く)。この問題が解決しない限り、継続的に日本市場に対するマーケティングを強化してきているハリウッド各社によるシェア蚕食の脅威は大きなまま残ることになる。邦画が再び衰退に向かう危険は未だ存在しているのである。
※現在の日本は、ヨーロッパ諸国や韓国等とは異なり、映画の輸入に対して貿易障壁をもうけていない。また、製作補助等の自国産映画に対するサポート施策も例外的にしか行われていない。つまり、日本の映画市場はほぼ完全な「自由貿易」となっており、その状況下で、保護主義色が強いヨーロッパ各国並以上の国内映画シェアを維持し続けていることに留意する必要がある。この点を勘案するなら、邦画の商業的な競争力は、少なくとも国内市場においては、決して弱いものではない。
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