● 日本の映画業界の構造
山名尚志
◎ 邦画メジャー映画
2006年の邦画興行収入(映画館におけるチケット売上)は1,077億5200万円。これは日本国内の総興行収入の53.2%を占める(日本映画製作社連盟発表)。
日本の国内映画業界は、他国と同様に、「製作(作品を企画・製作し、完成フィルムにする)」と「配給(出来上がったフィルムを複製して各映画館にレンタルするとともに宣伝を行う)」、そして「興行(映画館での上映)」の3部門に分かれている。かつては、大手映画会社各社が、この3部門すべてを押さえていた。つまり、大手映画会社が、映画作品をつくりそれを全国の映画館に流すとともに、映画館自体を直営や独占的な配給契約によって系列化して運営していたわけである。このような体制は「ブロック・ブッキング」と呼ばれていた(1950年代後半の邦画最盛期には日活・松竹・東宝・東映・大映・新東宝の6社があった。現在はそのうち松竹・東宝・東映3社が3部門全てを展開している)。
しかし、1970年代以降、邦画業界が衰退に向かうにつれ、このブロック・ブッキング体制も崩れてきた。初めに崩れたのが製作部門で、当初は自社内の撮影所ですべての映画をつくっていたのが、次第に独立の制作プロダクションに発注するようになり、さらには他社との提携での製作、すでに出来上がった作品の配給の受託などが当たり前になってきている。また、配給の点でも、映画館数が邦画専用館を中心に激減したことにともない、系列関係が大きく崩れてきている(2006年12月末時点でのスクリーン数は、邦画専門152スクリーンに対し、洋画専門200、邦洋混映2,710/日本映画製作社連盟発表)。
加えて、ワーナー・マイカルやAMCといった「シネマ・コンプレックス形式(複数のスクリーンをもち全国ロードショー公開されている主な映画がひとつの建物で見られるような複合映画館のこと)」での英米系の映画館チェーンの日本進出も大きな影響を与えている。これらのチェーンは、当初から邦画を含めてブロック・ブッキングを拒否し、独自の判断で上映作品を決定してきたからである。この結果、かつての大手映画会社によるブロック・ブッキングは今では主流の存在ではなくなっている。
◎ 洋画メジャー映画
2006年の洋画興行収入は948億200万円。これは日本国内の総興行収入の46.8%となっている(日本映画製作社連盟発表)。
洋画メジャー映画(アメリカのメジャー映画)の場合、「製作」はアメリカになるから、日本国内で行なわれているのは「配給」と「興行」という2部門のみである。このうち配給は、アメリカのメジャー映画配給会社の現地法人(UIP、フォックス、ワーナー、ソニーなど)と大手のインディペンデント系(=米国メジャー系ではない)配給会社(松竹富士、東宝東和、日本ヘラルド、ギャガなど)が行っている。
邦画メジャーとの最大の違いは、上記の配給会社が、系列の映画館網をもっておらず、したがって映画作品ごとにどの映画館に流すかを契約していくという「フリー・ブッキング」になっていることだ(慣習的な繋がりはある)。先に述べた大手3社は、ここでは、最大手の興行チェーンとして登場してくる。例えば、「東宝洋画系公開」という宣伝文句がよく映画の広告に出ているが、これは、東宝が系列化している洋画専門館で全国公開するという意味である。洋画の興行チェーンとしては、このほかに、松竹東映洋画系や東急系、先ほど述べた英米系のシネマ・コンプレックスなどがある。
ただし、近年では、こうした映画館網の系列が崩れてきているのに加え、邦洋混映館が増大し、また、邦画でも大作については洋画系で公開することが多くなっている(一般的に洋画館の方が大きくて設備もよい)ことから、邦画・洋画の興行面での区別は、明確ではなくなっている。こうした状況に拍車をかけているのが、公開されている邦洋のメジャー映画をほぼ全て並列で上映するシネマ・コンプレックスの拡大である。全国3062のスクリーンのうち、実に2230が既にシネマ・コンプレックスとなっており、この意味でも邦洋の区別は大きなものではなくなっている(スクリーン数は2006年12月末のもの/日本映画製作社連盟発表)。
◎ ミニシアター
1980年代以降、上記のメジャー映画(全国でロードショー公開する商業映画)の業界構造が次第に崩れていく中で、既存の興行の系列に属さずに独自にアート・フィルムなど全国公開向きではない映画を上映する映画館が増えてきた。これらを一般にミニシアターという。
ミニシアターには、東宝や東急などの大手資本によるもの(女性向けのヨーロッパ映画が中心)、大手3社の配給しない(独立系の)日本映画の上映を目的としたもの、上映会活動が発展して常設館となったものなどいくつものパターンがあり、それぞれ特色をもってプログラムをつくっている。配給は、フランス映画社、アップリンクなどのミニシアター系の配給会社が手がけている場合が通例だが、独立系の日本映画の場合には製作したプロダクションが直接映画館に持ち込むことも珍しくない。また、かつては、東京にあるミニシアターでの単館ロードショーというのが標準だったが、地方中核都市に類似の館が登場してくるにつれて、多い場合には十数館程度でミニ全国公開をやる場合も増えてきている。
洋画にしても、邦画にしても、大型の娯楽作品だけが映画ではない。ミニシアターは、そうしたメジャー系の流通網ではこぼれてしまうヨーロッパ映画、アジア映画、そして日本のインディペンデント映画等、多様な映画作品、映像文化を人々に届ける機能を果たしている。
◎ フィルムフェスティバル
世界的に見るとフィルムフェスティバルには大きく2つの流れがある。1つはカンヌ映画祭に代表される「芸術フェスティバル」の一種としての展開であり、この流れは、第二次世界大戦後、破壊された国土の中で自国および欧州の文化の再生を図っていこうというヨーロッパ諸国における芸術文化振興施策に遡る。ヨーロッパでは公的な支援が、アメリカでは非営利団体が大きな役割を果たしている。もう1つは観光振興を目的としたもので、その代表格がアメリカのアスペン映画祭である。こちらでは観光協会や地元自治体、企業等が主要な役割を果たしている。
日本の代表的な映画祭としては、日本政府が映画産業振興を目的に毎年10月に行っている国際映画製作者連盟公認の映画祭「東京国際映画祭」、世界的に知られるドキュメンタリー映画監督小川紳介が発案して始まった「山形国際ドキュメンタリー映画祭」、アジア各国の映画を世界に紹介する役割が高く評価されている「アジアフォーカス福岡映画祭」、国際アニメーションフィルム協会公認の「広島国際アニメーション映画祭」、アジアの新々作家のコンペティションを中心とした「東京フィルメックス」、1976年に開始された、本格的な映画祭としては日本で一番歴史の長い「湯布院映画祭」などがある。
日本の映画祭は、歴史的には1980年代以降に開始されたものが多く、また欧米とは異なったスタートとなっているため、必ずしも前述のどちらの類型に属するか判断はできないが、山形国際ドキュメンタリー映画祭、アジアフォーカス福岡映画祭などは世界的にも映画文化の振興における役割が広く認められている第一の類型の優れた例と言うことができる。一方、残念ながら中断してしまった「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」は典型的なアスペン型として、観光振興、地域の文化振興に役立てられてきた例だということができるだろう。
フィルムフェスティバルは、映画文化の振興の場であると共に、観光振興や国際交流といった地域側の振興の契機ともなる。また、大型の国際映画祭では、フィルムマーケットや、完成作品だけではなく、企画やシナリオのコンペティションが付帯されることも多く、映画の「産業」や「ビジネス」、さらには人材育成の貴重な機会ともなっている。映画市場の規模では世界第二位の地位を占める日本。しかし、ことフィルムフェスティバルということで言えば、その世界的な存在感は決して大きなものとは言えない。日本なりのフィルムフェスティバルの開発、運営の余地はまだまだあるといっていいであろう。
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